長野県出身の上場企業社長

掲載日2023.4.24

長野県は、自然豊かで住みやすい環境が魅力の地域です。そんな長野県出身の起業家たちが、地元の発展や社会貢献を目指して活躍しています。

青木拡憲 ◆ 長野県長野市出身 

AOKIホールディングス 創業者 元会長

父親が質屋で開業するも経営が上手くいかず、弟寶久氏と共にスーツの行商「洋服の青木」を創業。1965年「洋服の青木」第一号店である篠ノ井店をオープン。長野駅前店をオープン。オリジナル商品の開発も始める。東京進出し本社を横浜に移転。1989年、東証二部に上場。1991年 東証一部に上場。2006年 「AOKIホールディングス」に商号変更。2010年 社長を退き会長になる。公益財団法人AOKI財団設立、評議員、名誉会長に就任。紺綬褒章を受賞。2022年賄賂容疑で逮捕。2023年4月 賄賂容疑で有罪判決確定

鈴木 敏文 ◆ 長野県坂城町出身

セブン&アイ・ホールディングス会長

1932年生まれ。勲等は勲一等瑞宝章。セブン&アイ・ホールディングス会長兼最高経営責任者(名誉顧問)、イトーヨーカ堂会長、経済団体連合会副会長、日本フランチャイズチェーン協会会長、日本チェーンストア協会会長、学校法人中央大学理事長、中央大学評議員会副議長などを歴任。「コンビニの父」と称される。

高原 克弥 ◆ 長野県小諸市出身

株式会社Branding Engineer 代表取締役COO

1991年生まれ。長野県出身。小学生よりプログラミングに触れwebサービスを複数運営。大学時代にスタートアップ3社でエンジニア・セールス・人事などを経験。大学在学中の2013年に株式会社Branding Engineerを創業し、代表取締役COOに就任。ITエンジニアファーストを掲げ、各種事業の立ち上げ等により成長を牽引。2020年東証マザーズ上場を達成。

出澤 剛 ◆ 長野県佐久市出身

Zホールディングス株式会社代表取締役社長CEO

長野県野沢北高等学校を経て早稲田大学政治経済学部を卒業。1996年に朝日生命保険に入社。その後、オン・ザ・エッヂへの社外留学を経て2002年に転籍。2003年に執行役員副社長に就任。会社分割により、2007年にライブドア(現・NHNテコラス)代表取締役社長に就任。

経営統合により、2012年にNHN Japan(現・Aホールディングス)取締役に就任。2014年にLINE(現・Aホールディングス)代表取締役COOに就任。2015年に代表取締役社長CEOに就任。

ZホールディングスとLINEの経営統合により、2021年にZホールディングス代表取締役Co-CEOに就任。 2023年4月にZホールディングス代表取締役社長CEOに就任。

熊谷正寿  ◆ 長野県東御市出身

GMOインターネットグループ株式会社 代表取締役グループ代表 会長兼社長執行役員・CEO

1963年、長野県生まれ。東証一部上場、GMOインターネットを中心とするグループ53社、1,800名を超すスタッフを率いるベンチャー企業家(2008年9月末現在)。6年間でグループ企業4社を上場させる。「すべての人にインターネット」を合言葉にネットインフラ事業、ネットメディア事業を展開。主な受賞歴に、2000年日経ベンチャー「99年ベンチャーオブザイヤー」(新規公開部門2位)、2004年企業家ネットワーク「第六回企業家賞・ネットインフラ構築賞」、2005年米国ニューズウィーク社「Super CEOs(世界の革新的な経営者10人)」等がある。

五島 慶太 ◆ 長野県青木村出身

東京急行電鉄 創業者

1882年(明治15年)4月18日 – 1959年(昭和34年)8月14日)は、実業家。東京急行電鉄の事実上の創業者。東京帝国大学 東京帝大卒業後、官僚を9年勤めた後に現在の東京急行電鉄 東急の前身である武蔵電気鉄道常務に就任。実質的な経営権を獲得し、東急池上線 池上電鉄を始めとする企業を次々と買収。その強硬な手口から「強盗慶太」の異名を持った。鉄道事業では優れた経営を行い、阪急電鉄の小林一三と並び、「西の小林、東の五島」と賞された。長野県小県郡青木村に農業を営む父・小林菊右衛門 母・寿ゑの二男として生まれる。菊右衛門は熱心な法華経の信者で朝起きたとき、夜寝る前、南無妙法蓮華経を少なくとも五百編から千編ほども唱えていたという。その両親の姿勢を受け、慶太もまた仏教に感化を受けていった。父は製糸事業などに手を出し失敗していたため、家計はとても楽と言える状況ではなかったのだが慶太の志は高く、両親を説得して旧制長野県立上田中学校(現、長野県上田高等学校 上田高校)に入学、4年からは松本の知人の家に下宿し、松本中学校(現、長野県松本深志高等学校 松本深志高校・当時上田中は松本中の支校(分校)で4年次以降は本校である松本中への転校が必要だった)へ通った。

横川 端 長野県諏訪市出身

株式会社すかいらーくホールディングス 創業者

1882年(明治15年)4月18日 – 1959年(昭和34年)8月14日)は、実業家。東京急行電鉄の事実上の創業者。東京帝国大学 東京帝大卒業後、官僚を9年勤めた後に現在の東京急行電鉄 東急の前身である武蔵電気鉄道常務に就任。実質的な経営権を獲得し、東急池上線 池上電鉄を始めとする企業を次々と買収。その強硬な手口から「強盗慶太」の異名を持った。鉄道事業では優れた経営を行い、阪急電鉄の小林一三と並び、「西の小林、東の五島」と賞された。長野県小県郡青木村に農業を営む父・小林菊右衛門 母・寿ゑの二男として生まれる。菊右衛門は熱心な法華経の信者で朝起きたとき、夜寝る前、南無妙法蓮華経を少なくとも五百編から千編ほども唱えていたという。その両親の姿勢を受け、慶太もまた仏教に感化を受けていった。父は製糸事業などに手を出し失敗していたため、家計はとても楽と言える状況ではなかったのだが慶太の志は高く、両親を説得して旧制長野県立上田中学校(現、長野県上田高等学校 上田高校)に入学、4年からは松本の知人の家に下宿し、松本中学校(現、長野県松本深志高等学校 松本深志高校・当時上田中は松本中の支校(分校)で4年次以降は本校である松本中への転校が必要だった)へ通った。

徳山 淳和

カッパ社は1979年に創業者の徳山淳和氏が長野市で第1号店を開業。同年からチェーン展開を始めている。1999年から大型店舗の展開をスタート。席数が増えたことで1店舗当たりの販売額が伸び、2010年までは回転寿司業界トップの座に君臨した。