47都道府県別「時価総額トップ上場企業マップ」。長野県はダントツでエプソン

掲載日2022.9.18

時価総額トップ企業マップをご存知ですか。

各都道府県の顔となる企業が日本地図でわかりやすくまとまっています。

銀行などがトップの都道府県から、ニトリやワークマンなど私達の生活に身近なお店まで。名前を聞いたことない企業がトップの都道府県もちらほら。

我らが長野県のトップは我らがセイコーエプソン(長野県諏訪市)。
他県の人からはエプソンって長野だったの?って言われることも。

エプソンは、1942年5月にその前身である有限会社大和工業の創立から始まり、今年で創業80周年を迎えました。創業以来、エプソンは、ものづくり企業としてのDNAを受け継ぎ、発展してきました。ウオッチ開発で超微細・精密加工技術を磨きあげ、これを多彩な分野に展開したことが躍進につながりました。

長野は精密機械が盛んな県

学校の地理で学びましたが、長野は精密機械工業が盛んな県として知られています。昔から電気機械・一般機械などの製造工場が集積しており、現在でも精密機械の生産額が最も高い県として有名です。全国での精密機械産業の技術は年々向上してきていますが、中でも長野の精密機械産業における技術力の高さは目を見張るものがあります。

長野の精密機械産業において、NC旋盤・自動旋盤・旋盤加工など精密機械の技術力が秀でている理由は歴史的な背景のほか、長野県人の特質にも由来していると言われています。

戦前は製糸業が強かった

なぜ長野では精密機械工業が盛んであり、またなぜ高い技術力が浸透するようになったのでしょうか?

長野は戦前から製糸業が盛んで、当時長野県内には800を超える製糸工場が存在しました。その後、第二次世界大戦勃発の影響で長野県内の製糸業は大きく衰退しましたが、それに入れ替わるように航空機部品・通信機・光学機器・バルブ製品などの工場400社以上が疎開してきたのです。長野に疎開してきた背景には、衰退した製糸工場をそのまま利用できたこと、製糸女工などの豊富な労働力があったこと、などの理由が挙げられます。

戦後、疎開してきた工場の多くは解散および引き上げを行いましたが、これらの工場が疎開地域に技術を残し、その技術が根づいた影響で長野県の諏訪・岡谷を中心に精密機械工業(カメラ・腕時計・オルゴールなど)や電気・一般機械の産業が定着しました。近代に入ってからも技術革新の波に乗ってその技術力が飛躍的に向上し、カメラ・時計などの精密加工技術は元より、パソコンやプリンターなどの情報機器の製造にも進出し、さらなる発展を遂げています。

東洋のスイスと呼ばれる諏訪地域

精密機械の製造は「ホコリひとつ許されない」と言われるほど、空気と水の美しさが要求されます。製造工程においては不純物のない美しい水で洗浄しなければなりませんし、大気も清浄であればあるほど精密機械の製造に適しているのです。

この点、長野県の諏訪地方は「東洋のスイス」と呼ばれるほど大気と水が美しい土地です。近くの日本アルプスから流れる水を利用できるだけでなく高原の清浄な大気にも恵まれており、それが高品質な精密機械の製造と加工後の品質維持を可能としています。

長野の勤勉さが精密機械産業の発達を後押し

長野で精密機械産業が発展した背景には、長野県人の県民性も挙げられます。長野は関東の中でも雪が多く、冬は厳しい時期が続きますが、そのような中で生きていくには真面目さと勤勉さが求められます。また、冬の厳しい時期を乗り越えるためには様々な生活の知恵を駆使し器用さを養い、工夫を凝らしながら生きていく必要があるのです。

このような地域的背景から、長野県人はもともと「勤勉かつ真面目で器用な人も多い県民性である」と言われています。長野で精密機械産業がこれだけ発達し根づいたのも、長野県人の粘り強い勤勉な性格や手先の器用さが関係していると言っても良いでしょう。