塚田 裕一

株式会社 みすずコーポレーション
塚田 裕一
YUICHITSUKADA

自社の技術を活かし、様々な製品を手掛ける。時代の変化に柔軟に対応し、成長努力を怠らない社長。

【長野市】みすずコーポレーション 塚田裕一

自社の技術を活かし、様々な製品を手掛ける。時代の変化に柔軟に対応し、成長努力を怠らないみすずコーポレーションの塚田裕一社長に、社長に就任した時の想いや、就任してからの苦労についてお話を伺ってきました。

インタビュアー
山田 うらら

一族で築き上げた会社。代々受け継いだ加工技術を活かした食品は、どこにも負けません。

父親から受け継いだ社長業

私がなぜ社長に就任したかというと、もともと一族で商売をやっている商売人の家だったからです。その頃はまだ会社もそこまで大きくなく、将来どうなるかは分からなかったですが、みすずには「みすず豆腐」という高野豆腐のブランドがあり、高野豆腐は乾物の中でもそこそこ地位が高いものでした。この「みすず豆腐」というブランドは、戦前でもトップのブランドであり、守り発展させるため、家業を継いでいきたいという想いがありました。

巨人に立ち向かう

社長に就任して一番苦労したことは、いなりを業務用に変化させていくことです。スーパーやコンビニ向けは先発ではなく、既に大きい会社が先行していたので、始めたばかりの時はかなり苦労しました。先発会社の中には、コンビニエンスストアと契約し事業化している大きい会社もいて、巨人のように感じていました。勝ち目が無いところに向かっていくような気分でしたが、技術的に大豆を使って高野豆腐を作ることができていたので、もしかしたら当社のほうが良い商品が作れるのではないかと考えていました。いなりの業務化を成功させるのは、本当に難しくて10年かかりました。この10年間は、コンビニエンスストアに使ってもらうために努力していましたが、作ってはダメ出しをされる日々でしたね。この会社はできない会社だと、次第に信用も失ってしまいましたが、研究と開発を繰り返し、今となっては、信頼をいただく大きな事業の1つです。

忘れられない日

スーパーや寿司店などに向けて、いなり寿司のシャリをロボットで詰めるための耐久性と味のよさを兼ね備えた、いなりの皮を作ることが本当に大変でした。いなりにシャリを詰めるときにどうしても皮が破けてしまうため、丈夫な皮を作らなければならないのですが、丈夫で固すぎても、美味しくなく、柔らかくて破けないくらいの丁度良い、いなりの皮を作らなければなりませんでした。美味しくて破けないいなりの皮を作ることは、非常に難しく10年かかりました。初めていなりの皮を取引先に持って行った日、いなりの皮が破けまくりで、ものすごく怒られてしまいました。会社をやっている限りこの日のことは忘れられません。ストレスで髪の毛が1万本くらい抜けてしまいましたね(笑)。

みすずの魅力

当社は大豆を原料としているのですが、大豆を加工することで色々なものができます。加工する過程で、おからが出るのですが、普通は、このおからを捨てたり、魚の撒き餌などにしたりにしてしまいます。ですが当社はおからを食品用に改良しています。例えばお菓子の原料にしたり、ビーガンの方のための代替肉の原料にしたりと工夫をしています。この他にも工場の機械も設計しており、自社で使用していますが、過去には当社が製造した機械を使っている油揚げの会社もたくさんありました。それだけではなく、排水で出てきた水を使って発電をし、売電もしています。さらに、従業員の福利厚生として、保育園の運営も始めました。海外の方の受け入れも積極的に行っており、受け入れができるよう新しくアパートの建設もしました。私が住みたいくらい綺麗です(笑)

挑戦意欲のある人材

やはり挑戦意欲のある人と一緒に働きたいと思いますね。人生は思っているよりも長くないので、ある目的となりたいイメージがないと、実現することは難しいですよね。ただ漫然と生きていても目標は達成できません。ですから、自身がこうなりたいという意志があり、かつそれを言語化なりイメージ化できるような、成功像を想像できる人に対して魅力的だと感じます。

塚田 裕一
塚田 裕一
YUICHITSUKADA
1958年生まれ。長野県出身。成蹊大学法学部卒業。1980年株式会社加ト吉(現テーブルマーク)入社。1986年株式会社みすずコーポレーションに入社し、2001年に代表取締役社長に就任。
株式会社 みすずコーポレーション

〒380-0928 長野県長野市若里1606

TEL:026-226-1671 (代表)

FAX:026-223-2271

 

本記事のインタビュアー

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