小坂 禎二

株式会社 電弘
小坂 禎二
TEIJIKOSAKA

お客様の繁盛を共に願い、生活に寄り添ったナチュラルな空間を創る会社、空間づくりの考えを変えた社長

【長野市】電弘 小坂禎二

商業施設や公共施設、文化施設など、様々な空間を手掛けている電弘の小坂禎二社長に、事業の方針や代表に就任してからの苦労とどう乗り越えたのかについてお話を伺ってきました。

インタビュアー
酒井 瞳

必要とされることが最大の喜び。会社としても、一個人としても、強く必要とされる存在でありたいですね。

強く必要とされる

私は「強く必要とされること」を座右の銘としています。今まで様々な言葉に出会ってきましたが、自分に一番しっくりと来たのは、シンプル極まりないこの言葉でした。お客様や地域社会から必要として頂く限り企業は存続しますし、一人の人間としても「必要とされる人生」を歩みたいですね。ですからお客様や大切な人から強く必要とされた瞬間が、最も幸せを感じる時であると言えます。

また、先代である父親は、中国の儒学の祖の一人である荀子の「先義後利」という教えを大切にしており、創業以来変わらぬ会社の理念となっています。義とは人の道、商売の道であり、商売の前にまずは人として義を尽くしなさいというこの教えは、強く必要とされる存在になるために最も大切な行動指針であると言えます。

良き理解者

小さい頃から、会社について父親からよく話を聞いていました。時には仕事場に連れて行ってもらい父親の仕事に触れたり、会社で行われたスポーツ大会や社員旅行に参加させてもらう事もあったので、会社を身近に感じていました。また私には兄がいて、現在一緒に働いています。兄は設計やグラフィックが得意で、会社の肝であるデザイン部分を担ってくれています。兄と一緒でやりづらい事もあるのでは?と良く聞かれますが、それは全くないですね。お互いに得意な分野を役割分担し、常に同じ目線で自分の経営を支えてくれていますので、心強い理解者であり、とても感謝しています。

認められたかった

私は30代後半で社長になりました。就任当時から、自分は二代目だから社長になったのであって、実力を認められてなった訳ではないことは自覚していましたので、周りから認められたい、認められないとリーダーシップを取っても社員は付いて来てくれないとの焦りが常にありました。「認められたい」「成績を上げたい」という方に意識が向いてしまい、周りが見えなくなり、今思えばお客様に対する意識が欠けていたなと思います。

営業マン時代の延長で、お客様の満足や繁盛を考える前に「この仕事を受注できれば成績が上がり認めてもらえる」というような意識が先行していたように思います。もちろん、こうした焦りや危機感は、仕事をする上で必要な要素ではあると思いますが、一方でやはり自分自身にもある程度の自信や余裕がないと、お客様や相手の立場になって考えることは難しい。頭では分かっていても簡単には出来ないということも身を持って実感しました。

これは例えば社員との関係においても全く一緒ですね。今は社長になって10年以上経過し、当時とは違う目線でお客様や相手の立場になって考える事が出来るようになったかなと思います。

会社の存在意義

私たちは、サインや内装、ディスプレイを通じて商業施設や集客空間などを創り上げるのが仕事ですが、お客様はサインや内装が目的ではありません。出店したい、集客したい、売上を上げたい、伝えたいなど、お客様のニーズは様々ですが、サインや内装はあくまでもそうした課題を解決するための手段であって、目的ではありません。

私たちが提供できる価値を通じてお客様の課題を解決し、お客様の繁栄発展や幸せな暮らしに尽くすことが私たちに課せられた最大の使命であり、「お客様の幸せが、私たちの幸せです」という想いを持って、お客様の幸せを一緒になって考え、共に創り上げる姿勢こそが「先義後利」の実践であり、私たちが世の中に存在している意味だと思っています。ですから現在は経営理念を、お客様の幸せを共に想い、共に創るという意味で、「共想&共創」としています。

事業の再定義

1964年の東京オリンピックの前年に創業し、当時は屋外広告の取り扱いがメインでした。高度経済成長期に入りお店が急激に増えると、屋外広告と関連性の高い店舗装飾やディスプレイも頼まれるようになり、その流れで新聞やTV、ラジオなどマス媒体の広告代理業も自然と手掛けるようになりました。今ほど交通網や情報網が発達していなかった当時は、狭い商圏で特定のお客様から様々な広告を頂くスタイルでした。

その後は急速な交通網の整備や情報技術の発達により事業環境も大きく変わりました。私が承継した当時は、屋外広告では県下トップクラスであったものの、総合広告業としては中堅に甘んじ、中途半端な立ち位置で市場での存在感も低下し、今後の事業戦略を見直す必要に迫られていました。そこで方針として打ち出したのが 「事業の選択と集中」です。自分たちの強み 、得意分野に戦力を集中し、その中でよりハイレベルにお客様の要求にお応えしようと決意し、屋外広告と内装・ディスプレイという、当社を特徴づけていた事業に改めて特化することにしました。

逆に言うとそれ以外の分野は引き算するという事であり、勇気のいる決断でしたが、実行に移して良かったと思っています。そして、自分たちが本当に自信を持ってお役に立てる分野でお客様に貢献することこそ、お客様に対する姿勢として最も誠実であり、先義後利の実践であると思っています。今では、広告業から空間創造業へと事業を再定義し、サインや内装工事だけでなく、建築や外装、塗装の分野が増え、もはや建設業と言っても差し支えない業態に転換しています。

長野にもっと「感じ良い空間」を

コロナ禍ということもあり、集客空間を手掛けてきた当社を取り巻く環境も様変わりしました。これからは、従来の集客空間に加え、生活の基盤である「住空間」と、オフィスなど「働く空間」にも力を入れていきたいと考えています。集客空間づくりで得た経験やノウハウを活かしながら、当社らしくデザインされたベーシックでチュラルな空間、シンプルで長く使える空間を、これからの地域社会にどんどん提案していきたいと思っています。

小坂 禎二
小坂 禎二
TEIJIKOSAKA
1971年長野県須坂市生まれ。専修大学文学部英語英米文学科卒業後、株式会社電弘に入社。入社後長野オリンピック委員会に3年間出向。2008年代表取締役に就任。
株式会社 電弘

〒381-0034 長野県長野市高田431-1

TEL:026-241-3321

FAX:026-244-5191

本記事のインタビュアー

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